尿細胞診標本作製法(呉共済病院法)の有用性について


呉共済病院 臨床病理科

山本津由子、青木 潤、佐々木なおみ

I はじめに

 尿細胞診の標本作製では、1)細胞が変性しやすい 2)細胞成分が少ない 3)無晶塩類が析出する 4)細菌が繁殖しやすいなど、多数の問題点がある。我々は、1981年よりこれらの問題点に対し一つ一つ解決していき、1994年に手技が簡単でまとめて検体処理が行える方法(呉共済病院法)1)を完成させた。

II 方法

 固定液の作成法

 第1固定液:50%エタノールに、0.8%の割合でEDTA-3Kを添加する。

 第2固定液:95%イソプロピルアルコ−ルに、2%の割合でポリエチレングリコ−ル(分子量1,540)添加する。

第1、第2固定液共に室温で長期間保存でき、固定液の有効期限は特に設定していない。

fig1 尿採取容器の作製法

第1固定液を20mlずつデ゙ィスポーザブル・チューブに分注し、ラベルを貼った尿採取容器(1)を臨床側に配布する。現在は大腸用洗浄器を利用し、一人で簡単に分注できるように工夫している(2,3)。

fig2 標本作製法の手順 1

 臨床側は1で示すように採尿後すぐ尿採取容器に尿30mlを入れ、まとめて検体を提出する。検査側も提出された尿採取容器を、一括して検体処理する。2000回転(840G)5分間遠心分離する。3は遠心後の状態である。上清を捨て、沈渣に水道水50mlを加えよく混和する。ここが重要な点で、沈渣を水洗することにより水溶性の尿酸塩やEDTAと反応してできた水溶性のキレート化合物などが除去され、標本の染色性が良くなり退色を防ぐことができる。

fig3 標本作製法の手順 2

 再度遠心分離し、7は遠心後の状態である。上清をすて8のようにチューブの管壁の水分をピペットで完全に吸入することにより、第2固定液が水で薄まるのを防ぐ。そして沈渣に第2固定液を2,3滴滴下する。

fig4 標本作製法の手順 3

 剥離防止処理ガラスにPapペンあるいはアセトンで溶いたマニキュアで、10で示すように沈渣を塗布する部分を囲む枠を書く。そして枠内にピペットで沈渣を滴下し薄く広げるように塗抹する(11)。ここで特に注意しなければいけないことは、沈渣の多い検体では、塗抹面を広くし第2固定液を多めに滴下して、しっかり細胞を固定させることである。そして12の状態で、翌朝まで乾燥し、ポリエチレングリコール除去後パパニコロウ染色をする。

III 呉共済病院法の利点と欠点

標本作製時の利点

1)特殊な機器は不用で、作業も簡単である。

2)必要器具はデ゙ィスポーザブル・チューブ(単価54円)とピペット(単価8円)だけで、フィルター法と比較すると経費がかからない。

3)検体の提出および標本作製が任意の時間にまとめてできる。

4)標本作製に要する時間は16検体あたり遠心分離時間(5分×2)を含め20分程度で、また遠心分離中は他の業務をすることもできるため、作業効率がよい。

5)尿採取後1週間以内であれば標本作製は可能であり、検体の保存性がよい。

鏡検時の利点

6)細胞の塗抹密度が高いので、効率のよいスクリーニングができる。

7)細胞の剥離はなく、ほぼ100%標本にできるため偽陰性のリスクが少ない。

8)癌細胞のみならず赤血球などの形態の保存性がよい。

9)尿採取後の細菌増殖がない。

10)細菌、真菌、赤血球が標本上で観察できる。

11)EDTA-3Kと水洗により、塩類の析出が抑えられるため、細胞が観察しやすい。

12)回腸導管尿は粘液が水洗することで除去されるため、鏡検しやすくなる。

欠点

1)ギムザ染色ができない。

 

IV 利点の解説

1)から4)の利点はII方法で示している。

5)尿採取後1週間以内であれば標本作製は可能であり、検体の保存性がよい。

fig5
 標本を作製するまでの日数と細胞形態の変化を示している。直腸腺癌例で検討した。固定後1日目と7日目の尿ではほとんど差がなく、細胞に変化はみられなかった。10日目の尿では、一部の細胞に軽度収縮傾向を認めた。しかし判定に影響を与えるほどではなく、正常の移行上皮,扁平上皮,赤血球にはまったく変化はみられなかった.この結果より固定液に入れた尿検体は、1週間保存が可能である。
6)細胞の塗抹密度が高いので、効率のよいスクリーニングができる。
fig6  塗抹密度の高い標本を作製するポイントは、左に示すようにマニキュアで枠を書くとき、沈渣の少ない検体は枠を小さくし鏡検範囲を狭くすること(1)、スピッツ内すべての細胞をスライドグラスに塗抹すること(2)、充分に乾燥させ細胞の剥離を防ぐこと(3)である。この3点を注意して作製した標本が右に示す肉眼像(4)と顕微鏡像(5)である。鏡検する範囲が狭く細胞の塗抹密度が高いので、効率の良いスクリーニング゙が可能となる。逆に沈渣の多い検体では、塗抹面を広くし細胞の重なりが少ない観察しやすい標本を作製する。
fig7  同一同量の尿で、呉共済病院法で作製した標本と、生のまま提出してもらいすり合わせて作製した標本(すり合わせ法)を比較している。左は呉共済病院法の肉眼像で、塗抹面が狭く濃く染まっている。右はすり合わせ法の肉眼像で、塗抹面が全面に及び薄く染まっている。顕微鏡をみれば細胞数の差は一目瞭然である。
呉共済病院法で作製した標本と、すり合わせ法で作製した標本それぞれ10検体の塗抹細胞数を示している(表1)。無作為に5視野(対物4倍で撮影した画像)の細胞数を数え、呉共済病院法とすり合わせ法の塗抹細胞数の比(A/B)を求めた。その結果10検体の平均塗抹細胞数は、呉共済病院法で115.3個、すり合わせ法で19.5個、(A/B)は5.9倍であった。比較的細胞数の多い1-4や10の標本では (A/B)は4-8倍に対して、細胞数の少ない5-9の標本では (A/B)は6-11倍と高く、特に細胞数の少ない標本に呉共済病院法は有効であった。
標本No.
呉共済病院法
塗抹細胞数(A)
すり合わせ法
塗抹細胞数(B)
A/B
1
348
58
6
2
214
55
4
3
106
17
6
4
125
18
7
5
44
4
11
6
79
14
6
7
41
4
10
8
42
5
8
9
32
5
6
10
122
15
8
平均
115.3
19.5
5.9
表1 標本作製法の違いによる5視野の塗抹細胞数の比較
7)細胞の剥離はなく、ほぼ100%標本にできるため偽陰性のリスクが少ない。
fig8
 左は尿中の細胞を剥離防止処理ガラスに塗抹し乾燥した未染色時標本である。右は同一標本のパパニコロウ染色後の同一視野を示している.左右を比較してわかるように,染色過程における細胞の剥離は見られず100%細胞がガラスに貼り付いている.論文ではシランコートスライドを作成し使っていたが、現在は市販のマススライドを使っている。細胞剥離は尿細胞診の偽陰性の重要な原因となる。
8)癌細胞のみならず赤血球などの形態の保存性がよい。
fig9
 赤の矢印は移行上皮癌 G3の細胞である。核クロマチン構造が明瞭で細胞の固定も良く判定が容易である。また赤血球は緑の矢印で示すように良好に染色されており、形態の保存が良いので血尿の判定も可能である。
10)細菌、真菌、赤血球が標本上で観察できる。
fig10
 左は急性膀胱炎の症例でみられた細菌である。排出された尿中では細菌の増殖が起こりやすく,膀胱炎などの病的な細菌増殖と検体採取後の放置による細菌増殖の鑑別が困難である。本法では第1固定液の主成分はエタノールなので,採尿後の細菌増殖は否定でき細菌性炎症の有無の判定が可能になった。右はカンジダの芽胞である。フィルター法では細菌、真菌、赤血球は吸引時に流れてしまい観察できない。

11)EDTA-3Kと水洗により、塩類の析出が抑えられるため細胞が観察しやすい。

 尿にみられる塩類で鏡検に支障をきたすものは、次の方法で除去する。

1) 無晶性尿酸塩(酸性尿);水溶性であり水洗操作で除去する。

2) 無晶性リン酸塩(アルカリ性尿);EDTA-3Kとカルシウムが水溶性のキレート化合物をつくるため、
カルシウム塩が形成されるのを阻害することで除去する。

fig11  EDTA-3Kによる無晶性リン酸塩類の除去効果を示している。同一検体尿を50%エタノール固定したものと、EDTA-3Kを加えた50%エタノール固定したものを遠心し塗抹して標本を作製した。50%エタノールの標本とEDTA-3Kを加えた標本は、肉眼的に見ても塗抹状態に著しい差があった。顕微鏡でみるとEDTA-3Kを加えた方が、塩類がなく細胞の固定が良く観察しやすくなった。

12)回腸導管尿は粘液が水洗することで除去されるため、鏡検しやすくなる。
fig12  粘液を多量に含んだ回腸導管尿である。水洗により粘液が除去されて細胞が集められ、鏡検しやすくなった。
V 欠点の解説

1)ギムザ染色ができない。

上皮系腫瘍の多い尿では、ギムザ染色は通常必要ないと思われる。しかし、まれに悪性リンパ腫との鑑別などでギムザ染色が必要なときは、再度未固定尿を提出してもらい対応している。

VI まとめ

1)呉共済病院法は通常のすり合わせ法と比べ、細胞塗抹密度は平均6倍と高く効率の良いスクリーニングができる。

2)すぐに固定をするので、細菌の増殖もなく赤血球の保存も良好である。

3)フィルター法と違い、細菌、真菌、赤血球も残存するので膀胱炎、血尿の判定が可能である。

4)標本作製まで1週間検体の保存が可能であり、検体採取から標本作製までの時間のかかる検診に応用できる。現在高齢者の増加に伴い膀胱癌等の泌尿器系悪性腫瘍も増加してきており,スクリーニングに有効と考える。

5)日常業務の精度向上と省力化において大変有用である。


文献;
1)山本津由子、青木潤他.新しい尿細胞診標本作製法-呉共済病院法-日臨細胞誌1998;37;292〜297