集細胞、処理法の違いによる細胞像の特徴

−直接遠心沈渣塗沫法(直接遠沈法)を中心に−


星ヶ丘厚生年金病院 検査部病理

小谷 広子 郡谷 裕子 西田 雅美
三原 勝利 植村 聖人 丸山 博司

 今回我々は、特殊な機器を使用せず、操作が簡便で比較的細胞保持の良い直接遠沈法の細胞像を中心に他の集細胞法(フィルタ−法、オ−トスメア−法)と比較検討した。

【当院での標本作成方法】

 50ml以上の尿を30〜60分間室温に放置後上清を捨て、底部より約10mlをスピッツに入れ2000rpm(490G) 5分間遠心する。上清を捨て、スピッツを倒立させたまま沈渣を取り、すり合わせ法で塗抹後スプレ−固定をする。

【当院での自然尿細胞診判定結果】

 当院での自然尿細胞診判定結果(2001.01.01〜12.31)は陰性1313件(89.2%)疑陽性77件(5.2%)、陽性83件(5.6%)であった。また、自然尿細胞診が施行された尿路上皮癌患者57例において疑陽性以上の検出率は63.2%であった。また組織学的異型度別判定結果は表1のごとくであった。

表1. 膀胱癌患者57例のGrade 別判定結果
 
症例数
陰性
疑陽性
陽性

Grade 1
16
13(81.0)
3(19.0)
0( 0.0)
Grade 2
29
8(27.6)
6(20.7)
15(51.7)
Grade 3
12
0( 0.0)
2(16.7)
10(83.3)

57
21(36.8)
11(19.3)
25(43.9)
(  )%
【良性異型尿路上皮細胞と低異型度尿路上皮癌細胞の細胞所見】
Fig1 Fig2
Fig.1
Fig.2

 自然尿における尿路結石症(17例)と低異型度尿路上皮癌(5例)の細胞像を観察した。尿路結石症における異型細胞( Fig.1、2 )は結合性の強い細胞集塊で散在傾向はみられなかった。N/C比は正常〜軽度増大し、細胞質は泡沫状が多く辺縁は明瞭であった。核は中心性が多く、核縁は円滑であるが一部軽度不整を示す細胞もみられた。クロマチンはすすけ状〜変性した顆粒状で、核小体は明瞭なことが多かった。

Fig.3 Fig.4
Fig.3
  
Fig.4
Fig.5     Fig.6
Fig.5
Fig.6
 低異型度尿路上皮癌における腫瘍細胞は( Fig.3 〜 6 )核密度の高い細胞集塊で、結合性の低下がみられた。N/C比は増大し、細胞質は均質〜不均質で細胞境界は不明瞭であった。核は偏在し、核縁の立体的不整がみられ、クロマチンは軽度増量し細顆粒状、均一で、核小体は不明瞭もしくは小型であった。
【直接遠沈法スプレ−固定標本とコ−テイングスライド使用
95%エタノ−ル固定標本の比較】
 自然尿を3等分し、スプレ−固定標本、コ−テイングスライド95%アルコ−ル固定標本、およびWright-Giemsa標本を作製した。

 各々の標本中に出現した上皮細胞数は表2のごとくで、コ−テイングスライド95%アルコ−ル固定標本の方がスプレ−固定標本より細胞数、集団数ともにやや多い傾向がみられるが大差はなかった。

表2. 標本中の上皮細胞数の比較

Case1
(CIS)
Case2
(negative)
Case3
(negative)

Air drying
W-G staining
651(3)
15288(196)
10045(24)

Spray fixation
Pap. Staining
451(3)
3583(44)
3340(12)

Wet fixation alc.95%
Coating slides
546(2)
3684(70)
3935(20)
Pap. Staining

(  )Cluster : 細胞5ケ以上
  
 また、スプレ−固定標本(Fig.7、8)と95%エタノ−ル固定標本(Fig.9、10)との細胞像を比較した。スプレ−固定標本の方が95%エタノ−ル固定標本より細胞が やや大きく、クロマチンパタ−ンも粗い傾向がみられた。また、コ−テイングスライド95%エタノ−ル固定標本の少数例にcontaminationがみられた。
Fig.7 Fig.8
Fig.7
  
Fig.8
Fig.9     Fig.10
Fig.9
Fig.10
【直接遠沈法とフィルタ−法の比較】
 フィルタ−法の標本作製方法は、尿細胞標本作製装置(CytoPrep21)使用した。孔径5μmのメンブレンフィルタ−のフィルタラ−トをセットし、自然尿を約1分間吸引後直ちに95%エタノ−ルで固定した。

 直接遠沈法とフィルタ−法の細胞診成績は表3の如くで、自然尿細胞診23例中1例(4.3%)にフィルタ−法のみに異型細胞を認めた。

表3. 直接遠沈法とフィルタ−法の細胞診成績

陰 性
疑陽性
陽 性

直接遠沈法
20(87.0)
1(4.3)
2(8.7)
23(100)
フィルタ−法
19(82.6)
2(8.7)
2(8.7)
23(100)

(  )%
   
 フィルタ−法は直接遠沈法より細胞集塊を認める頻度は高かったが、重積の強い集団においては強拡大での詳細な観察が困難であった。(Fig.11、12)細胞所見は、フィルタ−法(Fig.13)では直接遠沈法(Fig.14)より細胞の保存性が良く繊細なクロマチンパタ−ンが観察できたが、やや鮮明さに欠けていた。また、細胞数が多い場合は直接遠沈法(Fig.15)に比べフィルタ−法(Fig.16)では吸引圧の上昇によるものと思われる細胞変形がみられたが、フィルタ−法は一定の範囲内に均等に細胞が収集されるため直接遠沈法より鏡検時間が短縮された。
Fig.11 Fig.12 Fig.13
Fig.11
Fig.12
Fig.13
Fig.14 Fig.15 Fig.16
Fig.14
Fig.15
Fig.16
【直接遠沈法とオ−トスメア−〔スプレ−固定、95%アルコ−ル固定、

YM式液状検体固定液(YM液)〕との比較】

 標本作製は直接遠沈法と同様室温に30〜60分静置後約30ml弱残して上清を捨て、よく混和後6mlずつ4本に分注した。2本はオ−トスメア−で2000rpm(490G)遠沈後上清を捨て、ろ紙で余分な液を吸い取り、各々スプレ−固定、95%アルコ−ル固定を行った。YM液標本は沈査にYM液を加えよく攪拌し、5分以上静置後オ−トスメア−で2000rpm(490G)遠沈後15分間冷風乾燥した。

 直接遠沈法およびオ−トスメア−法(スプレ−固定、95%エタノ−ル固定、YM液)による細胞診判定結果は表4の如くで、疑陽性以上の検出率はYM液を用いたオ−トスメア−法が最も高かった。

表4. 直接遠沈法とオ−トスメア−法の細胞診判定結果

直接遠沈法
オ−トスメア−法
スプレ−固定
スプレ−固定
95%エタノ-ル固定
YM液

陰 性
52(81.3)
51(79.7)
51(71.9)
50(78.1)
疑陽性
5( 7.8)
6( 9.4)
6( 9.4)
7(10.9)
陽 性
7(10.9)
7(10.9)
7(10.9)
7(10.9)

(  )%
  
  
Fig.17 Fig.18
Fig.17
Fig.18
Fig.19 Fig.20
Fig.19
Fig.20
オ−トスメア−法において、出現細胞数はYM液(Fig.17)>スプレ−固定(Fig.18)>95%エタノ−ル固定の順で多かった。

 細胞所見は、直接遠沈法(Fig.19、20)、オ−トスメア−法95%エタノ−ル固定(Fig.21、22)が良好であったが、オ−トスメア−法スプレ−固定(Fig.23、24)ではクロマチンがやや粗く、またオ−トスメア−法YM液(Fig.25、26)では核が濃染する傾向がみられ、細胞成分の多い検体においては細胞が重積して詳細な観察が困難であった。

Fig.21 Fig.22 Fig.23
Fig.21
Fig.22
Fig.23
Fig.24 Fig.25 Fig.26
Fig.24
Fig.25
Fig.26
【まとめ】
1. 直接遠沈法におけるスプレ−固定標本とコ−テイングスライド使用95%エタノ−ル固定標本では出現細胞数に大きな差は認められず、スプレ−固定標本の方が若干細胞の大きさが大きく、クロマチンもやや粗い傾向がみられた。
2. 出現細胞数はフィルタ−法、オ−トスメア−法(YM液)が多く、異型細胞(疑陽性以上)の検出率も高かった。また、方法間による疑陽性、陽性率には有意差はなかった。
3. 細胞形態の保存性および染色性はフィルタ−法が最も良く、繊細なクロマチンパタ−ンが観察できたがやや鮮明さに欠けていた。オ−トスメア−法(YM液)は核が濃染する傾向がみられたが細胞判定は可能と思われた。オ−トスメア−法(スプレ−固定)ではシリコンゴムの枠周辺に細胞が集まり、細胞の人工的集合や収縮がみられることがあった。
4. 操作の簡便性はフィルタ−法、直接遠沈法が簡便であるが、オ−トスメア−法(YM液)はやや煩雑で、また、オ−トスメア−法は標本作製後の器具の消毒および洗浄が必要である。
5. 経済性は直接遠沈法(95%アルコ−ル固定)、オ−トスメア−法(95%エタノ−ル固定)が良く、フィルタ−法はランニングコストが高い。
6. 鏡検の効率性では、直接遠沈法以外はすべて一定の枠内に細胞が塗抹されるため効率が良かった。